名古屋市立大学大学院医学研究科医学・医療教育学分野 |
講師 柿崎 真沙子 (かきざき まさこ) |
もくじ
1.はじめに
ヒトを対象とした医学研究には、それぞれの研究に「研究デザイン」と呼ばれる研究の形式があり、研究デザインによって、いえることといえないことがあります。今回は代表的な研究デザインについて解説します。
2.観察研究と介入研究
研究デザインは下表のように大きく「観察研究」といわれるものと、「介入研究」といわれるものに分類できます。さらに観察研究、介入研究それぞれにいくつかの研究の種類があります。では、「観察」と「介入」とはどのようなことをさすのでしょうか?
介入は、私たちが送っている日常生活に対して、例えば投薬、禁煙、栄養摂取、運動といった「人の健康に関する様々な事象に影響を与える要因」を、制御させる=意図的に変化させるようにすること、または意図的に変化しないようにすることになります。つまり、研究に参加してもらう方に、お願いをして生活などを変えてもらったりもらわなかったりするということをしてもらいます。
一方、観察研究は、この「介入」がない、参加者を観察する研究のことを指し、例えば、現在の生活習慣に関するアンケート調査などを行うだけで、研究の参加者にはお願いはせず、生活自体を変えてもらうことも変えてもらわないこともしない研究になります。
3.観察研究の種類
- 記述疫学
記述疫学とは、対象とする集団の健康状態や疾病の数、頻度や分布を、人、場所、時間の面から観察する研究です。疾病発生や健康に関して「誰 (人) が」「どこ (場所) で」「いつ (時) 」起きたのかについて正確な観察と記述を行います。厚生労働省や総務省統計局で発表されている保健統計がこれにあたります。
例えば日本では、人口動態統計という統計調査を通じて、死亡と死因は全て登録されているため、死因の年次推移、都道府県別、男女別、年齢別といった数字を知ることが出来ます。一方で、一部の感染症やがんといった疾病登録制度がある疾病については全数把握が出来ますが、登録制度がない疾病も多くあります。また、診断技術や疾病登録の精度の変化が大きく影響し、時系列での変化が実際の罹患状況とは異なってくることもあるので研究結果の解釈には注意が必要となってきます。
記述疫学は、あくまで数の頻度や分布を示すだけですので、その増加や減少にどのような要因が関わっているかは明らかにすることができません。
- 生態学的研究(地域相関研究)
生態学的研究は、疾病の要因と疾病の関連を検討するため、集団レベルで観察する研究のことを指します。集団レベルとは、国、都道府県、市区町村、施設や地区ごとといった単位のことです。対象者ひとりひとりの調査ではなく、そういった集団毎の保健医療情報を用います。一般的には相関係数が解析に用いられるため「地域相関研究」とも言われます。
生態学的研究で注意しなければならない点は、あくまで集団レベルの相関を見ている研究デザインで、必ずしも個人レベルでは当てはまらないこともあるということです。生態学的研究で得られた結果が個人にも当てはまるか調べるためには、このあと説明する観察単位が個人レベルである研究デザインを用いて研究を行うことが必要になります。
- 横断研究
個人を観察単位として、一時点 (断面) の観察に基づいて原因と仮定している要因と結果 (疾病罹患など) の関連を評価する研究デザインです。一時点での調査であるため、調査の時間や費用、労力が比較的少なく実施できます。その一方で、一時点での調査ということは、原因と結果の時間的前後関係が必ずしも明確ではありません。
例えば、朝食摂取と感冒症状の有無についての関連を調べる場合、朝食を摂取している群で感冒症状が少なかったとしても、朝食摂取が感冒症状を予防したのか、感冒症状があり、朝食を食べる食欲等がおきず結果朝食を食べなかったのかどうかということは、判断できないため、研究結果の解釈には注意が必要です (因果の逆転) 。
- 症例対照研究
疾病に罹患した人 (症例) とその疾病に罹患していない人 (対照) の2群で、過去にさかのぼって疾病の原因や予防因子を調べる研究です。過去の情報を調査するため、カルテ記録などが残っておらず、参加者の記憶に頼るような方法では、思い出しバイアスと呼ばれる偏りが生じることがあります。
また、症例と対照の選定をしっかりと行わないと、選択バイアスが生じてしまい、研究結果の妥当性も低くなってしまうため注意が必要です。すでに対象となる疾病に罹患している人を集めてくるため、罹患率の低い疾患などで良く行われる研究手法です。
- 前向きコホート研究
コホートとは、ラテン語の300~600人の先頭集団を意味する「cohors」に由来し、一定期間追跡し、観察する対象の集団のことを指します。コホート研究ではまず、観察の対象となる集団を設定し、その集団に対してベースライン調査を実施します。さらに追跡調査を実施し、参加者の疾病の発生状況 (罹患や死亡など) や、変化 (体重、生活習慣など) を収集します。追跡は何年にもわたることもあり、長いものでは3世代目 (初めの参加者の孫世代) まで追跡するような息の長い研究もあります。
コホート研究では、疾病が発生する前にベースライン調査でその要因を調査するため、要因と結果 (疾病罹患) の時間的関係が明確です。
4.介入研究の種類
- ランダム化比較試験 (RCT)
英語では「Randomized controlled trial」という名称なので、略して「RCT」といわれることも多い研究です。観察研究とは異なり、参加者が介入を受けるかどうかは研究者が決定し、追跡調査を行います。介入群 (実験群) と対照群に参加者を割り当てる際に、どちらに割り当てるかを無作為 (ランダム) に割り当てるため、ランダム化比較試験と呼ばれています。ランダムに割り付けることによって、まだ知られていない因子を制御できることが長所です。
一方で、介入する因子が明らかに健康などに悪い要因である場合は倫理的に実施することはできません。また、薬を飲んだり生活習慣を変えてもらう (介入) ため、参加者を募集したり、研究に費やされる時間や労力、金銭的コストがかかる場合も多い研究です。
- 非ランダム化比較試験
無作為割り付けを行わない試験を非ランダム化比較試験といいます。この方法には、前後比較デザインや、準実験デザイン、自然実験などがあります。
前後比較デザインは、対照群を設けずに、介入群で介入の前後で測定を行い、結果を比較する研究です。日常診療や保健活動の中で実施しやすい形式ですが、対照群がないため、観察された変化が介入によるものなのか、解釈が難しくなります。
準実験デザインは、介入群・対照群どちらの群に入るかを参加者の希望や主治医の判断で決める方法です。介入群と対照群は同じ特徴を持つ集団であることが望ましいですが、準実験デザインは無作為割り付けではないため、2群の特徴がそろうことが難しく、研究結果の解釈を注意深く行う必要があります。
最後に自然実験ですが、災害や法律、制度の改変、施設の新設といった外的な出来事を活用した研究方法です。例えば災害の発生などは偶発的であり、その影響を比較するため対照群を置くことは難しくなります。そのため、自然実験は観察研究に分類されることもあります。
参考資料
(1) はじめて学ぶやさしい疫学 (改訂第4版) .日本疫学会監修,南江堂.2024 |
(2) 厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 |
(3) 研究に関する指針について |
柿崎 真沙子(かきざき まさこ) 略歴
名古屋市立大学大学院医学研究科医学・医療教育学分野講師
2004年明治大学農学部農学科卒業後、東北大学大学院医学系研究科行動医学分野に籍を置きながら、同大公衆衛生学分野にて主に地域コホート研究に従事し2009年に学位を取得 (博士 (障害科学) ) 。民間企業勤務を経て2010年から東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野・助教、2014年藤田保健衛生大学 (現・藤田医科大学) 医学部公衆衛生学講座・講師、名古屋市立大学大学院医学研究科医療人育成学分野寄付講座講師を経て現職。