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【第19回】魚油 

カテゴリー:専門家に聞きました
更新日:2024/03/21

関西大学 化学生命工学部食品栄養化学研究室

教授 福永 健治

もくじ

  1. はじめに
  2. EPA、DHAの生理作用
  3. 魚油サプリメントと魚介類食の相違点
  4. EPAとDHAの相違点
  5.  魚油の安全性
  6. n-3PUFAの摂取目安量
  7. まとめ

 

1.はじめに

 魚介類摂取の健康機能性が世界中で広く知られるようになったきっかけは、Dyerbergら1)によって 1970年代半ばに報告されたグリーンランド先住民(イヌイット)を対象にした疫学調査が発端です。イヌイットは、アザラシなどの海獣や魚介類を主食とし、総摂取エネルギー比40%にも及ぶ高脂肪食であるにもかかわらず、デンマーク在住白人に比べ心血管系疾患の死亡率が非常に低いことがわかりました。効果の発現は、主食に豊富に含まれるイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)といったn-3系高度不飽和脂肪酸(n-3PUFA)の作用であることもわかりました。現在、高度に精製したEPA及びn-3PUFAエチルエステルが医薬品として認可され、魚油を含有する特定保健用食品やサプリメントが市販され、その健康機能性に注目が集まっています。

 

2.EPA、DHAの生理作用

EPA、DHA の摂取が心血管系疾患の発症予防に有効であることを示した観察疫学研究は多数あり、そのメタ・アナリシスもほぼ同様の結果が示されています2)。

一方、同様の目的で行われた介入研究のメタ・アナリシスでは、発症、重症化予防ともに効果が認められなかったとの報告があります3)。このような有益性発現の相違は、数多くの報告でみられます。また、さまざまな生活習慣病に対する有益性発現についても同様で、対象集団の生活環境や習慣によって効果の有無、程度も一定しません。その原因として、観察および介入期間、有益性判定のエンドポイント設定の相違などが考えられますが、とくに健康状態の背景となる食生活が大きく影響しています。普段からよく魚介類を摂取しているヒトが付加的にn-3PUFAの摂取量を増やしても、さらなる有益性は得られない可能性があります。また、民族によっても有益性発現に差が見られます。イヌイットに見られるn-3PUFAによる心血管系疾患リスク低下効果は、長年にわたる過酷な環境からの悪影響を除外するための遺伝子変異によって、他地域に住む民族とは異なる脂質代謝様式を獲得したことが大きく影響しています4)。そのため、イヌイットの食生活にならって、魚介類や魚油サプリメントを多量に摂取しても、 それほどの健康効果を得ることはできないと考えられます。

 

3.魚油サプリメントと魚介類食の相違点

魚油サプリメントは魚介類から抽出した油脂を精製したものであり、EPAやDHAを手軽にかつ効率的に摂取することができます。一方、魚介類には、EPA、DHA以外にもタンパク質、ビタミンD、ビタミンB12、亜鉛、セレンなど様々な栄養素が含まれます。魚介類の摂取によってEPAやDHAだけでは説明できないさまざまな有益性を享受することができます。EPAやDHAの摂取は、血清HDL コレステロールをわずかな上昇と中性脂肪低下作用が認められていますが、血中総コレステロール及び LDL コレステロールの低下作用はなく、病態によっては上昇してしまう可能性もあります5)。魚類摂取による血清コレステロールの低下は、魚肉タンパク質に認められる作用であることがわかっています6)。

 

4.EPAとDHAの相違点

 EPAとDHAは血清中性脂肪低下作用や抗炎症作用をはじめ、有益性発現程度の大小はあるものの多くの共通した作用を有します。例えば、EPAはDHAに比べ抗血栓作用が強く、心血管系疾患の予防効果に優れる可能性があります。一方、脳への移行性はDHAにのみ認められ、脳の機能維持に有効であることが報告されています。魚介類は種に関係なくEPAとDHAの両方を含み、魚油サプリメントも同様です。それぞれの有益性を意識して摂取する必要はありません。

 

5.魚油の安全性

 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、n-3系PUFAの耐容上限量の設定はされていません。欧州食品安全機関ではEPAとDHAの合計摂取量が5g/日、米国食品医薬品局では3g/日以下を許容上限摂取量としています。魚介類には、多少なりとも水銀、カドニウムなどの重金属、PCB、ダイオキシンなどの有害物質が含まれているのも事実です7)。しかし、極端に偏食しない限り、日常の食生活で問題になることはありません。魚油サプリメントの場合、精製された魚油を使用しているので通常の摂取では問題はないと言えます。

 

6.n-3PUFAの摂取目安量

 厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、個別にEPA及びDHAの目安量は設定されていません。しかし、n-3PUFA摂取量の中央値をもとにn-3PUFAの摂取目安量が設定され、成人男性:2.0g~2.2g/日、成人女性:1.6g~2.0g/日、妊婦:1.6g、授乳婦:1.8gが推奨されています。n-3PUFAには植物油に多いα-リノレン酸も含まれますので、これらの目安量をEPA及びDHAのみから摂取する必要はありません。一度に大量に摂取するよりも、毎日こまめに魚介類をメニューにした日常の食事、サプリメントなどを合わせてEPA+DHA 1g程度を目標に摂取することをお勧めします。

 

7.まとめ

 EPAやDHA摂取による健康機能性の発現は、個人の体質及び食生活環境によって発現の程度が異なります。バランスの取れた食生活を心がけたうえで、過剰な期待をせず無理なく上手に魚介類や魚油サプリメントとお付き合いください。一度に大量に摂取するよりも、毎日こまめに1gを目標に摂取することをお勧めします。

参考資料

1)  Dyerberg J et al : Am. J. Clin Nutr., 1975;28(9) :958-966.
2)  Alexander DD et al :Mayo Clin Proc., 2017; 92: 15-29.
3)  Kwak SM et al : Arch Intern Med., 2012; 172: 686─94.
4)  Fumagalli M et al : Science, 2015; 349(6254):1343-1347.
5)  Hartweg J et al : Diabetologia, 2007;50: 1593-1602.
6)  Hosomi R et al: Food Sci.,2011;76(4):116-121.
7)  Mozaffarian D et al: Circulation, 2005;111: 157-164.

 

福永健治(ふくなが けんじ)
1988年北海道大学水産学部卒業、1994年北海道大学大学院水産学研究科博士後期課程修、博士(水産学)。日本学術振興会特別研究員、関西医科大学を経て2003年関西大学工学部、2010年より現職。

 

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