関西大学 名誉教授 |
吉田 宗弘 |
もくじ
1.ビタミンやミネラルは機能性表示食品に活用できない
食品には、生命と健康を維持する栄養機能(一次機能)、美味しいという快感をもたらす機能(二次機能)があります。これらに加えて、1980年代以降に、食品には、身体内で生じている様々な反応に影響を与えることで結果的に健康水準を高める作用があることが提唱され、これが食品の第3番目の機能である健康増進機能(三次機能)として学術的に定着しました。
食品などに含まれる化学成分は生物に様々な影響を与えます。かつてこれらの影響は、生命の維持に関わる栄養、疾病治療につながる薬理、そして健康にとって有害な作用である中毒に分類してきましたが、食品の三次機能は栄養と薬理の中間に位置する作用といえるでしょう。したがって、現在では、化学成分の機能は、栄養、健康増進、薬理、中毒の4つに分類できることになります。この中で、健康増進、すなわち食品の三次機能に関わる成分が、いわゆる機能性成分であり、これを活用しているのが特定保健用食品と機能性表示食品を含む健康食品です。
食品成分を含む化学成分のヒトに対する作用には個人差があり、特定の摂取量ですべてのヒトが等しく作用を受けるわけではありません。すなわち、化学成分の摂取量の増加とともに作用が生じるヒトの割合は増加し、最終的にほぼ100%のヒトに作用が生じます。このような、摂取量の増加とともに作用、すなわち応答を起こすヒトの割合が増加することを量反応関係といいます。図の曲線は、栄養、健康増進、薬理、中毒というヒトにおける応答と摂取量との間の量反応関係を示したものです。ヒトの個人差はきわめて大きいため、ある人にとって好ましい応答(栄養、健康増進、薬理)が生じるのに必要な摂取量が、別の人にとっては中毒を起こす摂取量である可能性があります。たとえば、医薬品の場合、ある人にとって適切な投与量が、別の人にとっては副反応を起こす量になり得るのです。したがって、安全な医薬品とは、薬理の量反応関係を示す曲線(量反応曲線)と中毒の量反応曲線との間隔(マージン)が十分であるものといえるでしょう。栄養素であっても過剰に摂取すれば副反応が生じます。栄養上の必要量を超えるミネラルやビタミンに三次機能があるとする研究は多いのですが、ミネラルとビタミン(とくに脂溶性ビタミン)における栄養の量反応曲線と中毒の量反応曲線とのマージンはかなり狭く、健康増進の量反応曲線が入る余地はほとんどありません。つまり、ミネラルと脂溶性ビタミンにおける三次機能の活用は、高い副反応リスクを伴う可能性が大きいのです。
2.医薬品と食品成分とでは安全性評価の前提が異なる
副反応、すなわち過剰摂取による有害影響を避けるためには安全性の評価が必要です。この安全性の評価には前提があります。薬理機能を応用している医薬品と食品成分でもある食品添加物についてその違いを述べます。
治療目的の医薬品の中には作用が強く、副反応のリスクが高いものがあります。しかし、投与による効果(利益)が副反応のリスクを上回るということで、医師による管理を前提にして、投与期間を限定した上で使用が認められています。長期投与が行われる血圧降下剤などにおいても、副反応が認められた場合には、医師によって投与の中止や別の薬物の使用といった措置がとられることで安全性は担保されているといえるでしょう。このような医薬品では、標準的な投与量(図の50%を示す点線と薬理に関する量反応曲線の交点)と一般的な投与期間という条件下において、臨床試験を行い、副反応発生の頻度が一定以下であることを確認した上で使用が認可されています。
一方、食品添加物は様々な加工食品に応用されており、日々摂取し続けるものです。このため、食品添加物を認可する場合には、一般に、動物に長期間投与を行った場合に生じる影響の中から、もっとも重大と考えられるものを選び、無毒性量(NOAEL)を求めます。そして、NOAELに大きな安全係数(通常は1/100)を加味して、「生涯にわたって摂取し続けても副反応の生じない摂取量」である一日摂取許容量(ADI)を定めます。さらに、種々の加工食品からの添加物の最大摂取量を試算し、ADIとの間に十分なマージンのあることを確認します。結果として、マージンが十分でなければ、その添加物は認可されないことになります。
先に述べたように、微量栄養素の中には栄養に関する量反応曲線と中毒に関する量反応曲線のマージンが狭いものがあります。このようなケースでは、過剰摂取のリスクを避けるための数値(耐容上限量:UL)を定める場合に、添加物のように十分な安全率をとると推奨摂取量未満の値になることがあります。このため、微量栄養素では過剰摂取のリスクを回避するための基準値ULは安全係数を十分に加味できていないことが多くなっています。したがってULはADIとは異なり「近づいてはいけない摂取量」と形容されています。
3.健康食品の安全性評価
このように投与期間が限定される医薬品とほぼ生涯にわたって摂取する添加物や栄養素とではリスク評価における前提条件が異なっています。では、三次機能を活用している健康食品の副反応リスクはどのように評価されているのでしょうか。
困ったことに、特定保健用食品または機能性表示食品ではない「いわゆる健康食品」については、安全性評価が義務づけられていません。もちろん副反応が生じれば、メーカーにとっても大きな痛手になりますので、副反応が起こらないような設計が行われた商品が販売されてはいますが、明確な保証はありません。
一方、特定保健用食品と機能性表示食品については、審査もしくは届出において安全性評価が義務づけられています。これらの食品は、特定の食品成分を日常の摂取範囲を超えて摂取させることで健康の水準を高めようとするものであり、医薬品に近いものといえます。このため、特定保健用食品と機能性表示食品の安全性については医薬品に準じ、標準的な摂取量と摂取期間における副反応の発生頻度に基づいた評価が行われています。しかし、医薬品は投与期間が限定され、かつ医師による管理を前提としています。一方、特定保健用食品と機能性表示食品はもともと長期摂取を前提にしており、安全性評価が行われた期間を超えて摂取が継続する可能性は大きいと思います。また、医師による管理も行われていません。
健康食品は、食品であるにもかかわらず、摂取形態が異なる医薬品と同じような前提で安全性評価が行われていることを理解し、特定保健用食品または機能性表示食品であっても、これらを漫然と長期間摂取することには大きなリスクがあることを強調したいと思います。
参考資料
吉田 宗弘(よしだ むねひろ) 略歴
1981年3月京都大学大学院農学研究科博士後期課程(食品工学専攻)指導認定、関西医科大学(公衆衛生学教室)助手、講師、助教授を経て、1998年4月より関西大学工学部(現在、化学生命工学部)助教授、2001年4月より教授、2021年3月同大学名誉教授、2024年3月定年により退職、この間、学部長、研究科長、副学長を歴任。農学博士および医学博士。