はじめに
妊娠中の食生活はなにかと気を使うもの。そんな中で目を引くのが、「おなかの赤ちゃんによい」、「妊娠中でも安心」などと謳った健康食品やサプリメントかもしれません。しかし、妊娠中に特別に (いつもの食事以外で) 摂取が求められているのは、ほんの一部の栄養素だけです。利用する前に、そのサプリメントが必要か、おなかの赤ちゃんに本当によいのか、考えてみましょう。
妊娠中は安易にサプリメントを摂らないほうがよい
「妊娠中の女性に」「お腹の赤ちゃんのために」と謳った健康食品やサプリメントがたくさん販売されています。しかし、妊娠中の安易なサプリメントの利用は、控えるべきなのです。サプリメントは、医薬品に形が似ていますが、病気に効果があるわけではなく、厳密な品質管理も義務付けられていません。また、多くのサプリメントは、いくつもの「有効成分」と称するものが高濃度で添加されているため、過剰摂取や成分同士の相互作用などのリスクがありますが、その多くは検証されていません。栄養はできるだけ食事から摂るように心がけ、どうしても食べられない場合や欠乏症などが疑われる場合は、医師、薬剤師、管理栄養士などの医療従事者に相談して医薬品を処方してもらうか、単一成分のみを含んだサプリメントを摂取するようにしてください。
特別に摂取が勧められている栄養素「葉酸」
いつもの食事以外での摂取が勧められていのは、ビタミンB群のひとつである「葉酸」で、細胞増殖に関与している栄養素です (1) 。
平成12年に厚生労働省は、妊娠を計画している女性や妊娠の可能性がある女性に向けて、「いつもの食事」以外に400μg/日のプテロイルモノグルタミン酸型 (「葉酸の種類」参照) の葉酸を摂るよう通知を出しました (2) 。葉酸の摂取が胎児の神経管閉鎖障害発症のリスクを低減させることが、多くの研究から分かったためです。神経管閉鎖障害とは、胎児の神経管ができる時に上手くつながらない先天性異常で、無脳症・二分脊椎・髄膜瘤などがあります (1) 。胎児の神経管は、多くのお母さんが妊娠に気づいていないとても早い段階でできあがるため、妊娠の1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月までの期間に一定量の葉酸を摂取する必要があるのです。
なお、神経管閉鎖障害のリスクを減らすために普段の食事に加えて葉酸400μg/日の摂取が推奨されるのは妊娠3ヶ月までですが、3ヶ月以降の妊娠期間は480μg/日を、授乳期間は340μg/日を目指して葉酸の多い食品を摂取するように心がけましょう。
ただし、神経管閉鎖障害の発生には、葉酸以外にも数多くの要因が関連しているといわれていますので、葉酸の摂取とともに、バランスのよい食事を心がけましょう。
葉酸の種類
葉酸には、大きく分けて2つの種類があります。
1つ目は、一般の食品に含まれる「プテロイルポリグルタミン酸型の葉酸」です。複数のグルタミン酸が結合した形をした葉酸で、ポリグルタミン酸型の葉酸ともいわれます。また、主に食品中に含まれていることから、食事性葉酸といわれることもあります。
2つ目は、厚生労働省の通知にあった「プテロイルモノグルタミン酸型の葉酸」です。グルタミン酸が1つ結合した葉酸で、モノグルタミン酸型の葉酸ともいわれます。主に、食品添加物として葉酸を強化した食品やサプリメントなどに含まれています。食品添加物は、食品の製造過程や食品の加工、保存の目的で食品に添加、混和されているもので (3) 、安全性が確保されています。
このふたつの葉酸の大きな違いは、生体内利用率です。モノグルタミン酸型葉酸は体内にそのまま吸収されますが、食事性葉酸は調理や加工、体内での消化により分解されてから吸収されるため、生体内利用率はモノグルタミン酸型葉酸の約50%であるといわれています (4) 。
妊娠3ヶ月までの女性は、「神経管閉鎖障害発症のリスク低減のため400μg/日のモノグルタミン酸型の葉酸」の摂取が必要ですが、これは食事性葉酸に換算すると800μg/日ですので、この量を毎日食事から摂取することは簡単なことではありません。
それでは、どのように摂取したらよいのでしょうか。
どのように葉酸を摂ったらいいの?
厚生労働省の「妊産婦のための食生活指針―「健やか親子21」推進検討会報告書―」では、「葉酸のいわゆる栄養補助食品の利用」がすすめられています (5) 。栄養補助食品には、サプリメント形状のものと食品の形態のものがありますが、サプリメントは容積・香り・味を感じることがないため、簡単に過剰摂取になる危険があります。一方、食品の形態による摂取では、ある程度の容積・香り・味などが存在するため「満腹感」によって、食べすぎ (過剰摂取) を防ぐことができます。
バランスのよい食事を基本に、モノグルタミン酸型葉酸が添加された栄養補助食品や葉酸強化食品とされる米やパン類、たまご、シリアル、菓子、乳製品などを上手に利用するのがよいでしょう。その際は、摂取量がきちんと把握できる製品、原材料がはっきりしている製品を選んでください。「抽出物」「エキス」といった表示は、成分名や含有量が不明な製品が少なくありません。また、成分名がはっきりしていても、葉酸以外の成分が複数添加されている場合もあるため注意が必要です。
葉酸もたくさん摂れば摂るほどよいというものではありません。厚生労働省は、「いつもの食事」以外に摂取するモノグルタミン酸型葉酸の量が、1 mg (=1000μg) を超えないようにと通知しています (2) 。サプリメントを利用する場合は、自己判断をせずに医師や薬剤師、管理栄養士に相談してください。
葉酸摂取以外の妊娠中の食事に関する情報は、「すこやか親子21 (第2次) ホームページ」の」妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針~妊娠前から、健康なからだづくりを~が参考になりますのでご覧ください。
おわりに
妊娠中の食生活にはとても気を使い、「何か特別なことをしなければ」と考えがちですが、いつもの食事以外で栄養摂取が求められているのは、妊娠3ヶ月までの葉酸だけです。葉酸の摂取は、バランスのよい食事を基本に、モノグルタミン酸型葉酸が添加された食事形態の食品を上手に利用しましょう。どうしても食事から摂れない場合や、欠乏症などが疑われる場合は、医師、薬剤師、管理栄養士などの医療従事者に相談してください。葉酸以外のサプリメントについては医療従事者に相談した上で利用して頂き、自己判断による利用は控えましょう。
参考文献
(1) 葉酸とサプリメント‐神経管閉鎖障害のリスク低減に対する効果 :厚生労働省e-ヘルスネット
(2) 「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について」:厚生労働省
(3) 食品添加物:厚生労働省
(4) 「日本人の食事摂取基準」(2020年版)報告書:厚生労働省
(5) 妊産婦のための食生活指針 ―「健やか親子21」推進検討会報告書―:厚生労働省