目次
- はじめに
- グレープフルーツの種類と相互作用を起こす成分
(1) グレープフルーツの種類と特徴
(2) 相互作用を起こす成分について - 相互作用の機構
(1) 薬物の吸収・代謝・排泄と体内動態を示す指標
(2) グレープフルーツ中の成分と薬物との相互作用の機構
(3) グレープフルーツジュースと相互作用を起こす薬物の実例 - 薬物とグレープフルーツの相互作用の解釈について
- 詳細な情報
はじめに
最近の研究から、食品と薬物との相互作用が注目されています。その代表的な例として、カルシウム拮抗薬 (血圧を下げる薬物の一つ) とグレープフルーツの関係があります。グレープフルーツはカルシウム拮抗薬の消化管における吸収や代謝に影響して、薬物の効果を増強する可能性があります (PMID:10741622) (PMID:10945313) (PMID:11103749) (PMID:11214770) (PMID:12040751) (PMID:15592332) 。
食品と薬物との相互作用を考えるときにもっとも重要なのは「どの成分が作用を起こすのか」「どれくらいの量で作用が起きるのか」ということです。なぜなら、「作用を起こす成分と量」さえ分かれば、「食べてもよいか、食べてはいけないか」の判断が的確にできるからです。食べてはいけないのに食べてしまって健康被害が発生する場合はもちろんですが、本当は食べてもよいのに健康被害の可能性を恐れて食べずに済ますことも (食品の選択肢が狭まるので) QOL (Quality of life:生活の質) の低下につながります。
食品と薬物の相互作用の有無を単なる言葉としては知っていても、その情報の具体的な内容を理解していなければ、相互作用の影響を過大評価したり過小評価したりする事になります。正確な情報を入手することができれば、安全性に十分配慮しながら、柔軟な対応が可能になってきます。つまり、健康被害のリスクを回避しながら、食品の選択幅を維持できるわけです。そこで、ここではグレープフルーツと薬物の相互作用について、現時点で得られている情報を紹介します。
2.グレープルーツの種類と相互作用を起こす成分
(1) グレープフルーツの種類と特徴
グレープフルーツには果肉が白色のもの (ダンカン、マーシュシードレス) 、ピンク色のもの (フォスター、ピンクマーシュ) 、赤色のもの (フォスターシードレス) など様々な品種があります。図1にグレープフルーツの種類、図2にグレープフルーツの構造を示しました。柑橘類の中で薬物との相互作用を起こすのはグレープフルーツが有名ですが、最近では、ぶんたん (ポメロ) 、オロブランコ、ダイダイ (ビターオレンジ) などグレープフルーツ以外の柑橘類も薬物との相互作用を起こす可能性が示されています (PMID:11180034) (PMID:12698101) (PMID:15258108) (PMID:16513449) 。
(2) 相互作用を起こす成分について(フラノクマリン類について)
薬物との相互作用を起こす成分は、以前はグレープフルーツ特有の苦味成分であるナリンギンやナリンゲニンなどのフラボノイド類と考えられていました (図3参照) (PMID:1577050) (PMID:1671113) (PMID:8162660) (PMID:9260034) 。しかし、その後の研究から、ベルガモチンやジヒドロキシベルガモチンなどのフラノクマリン類 (図4参照) が相互作用に関与することが明らかにされています(PMID:9351897) (PMID:9352575) (PMID:9548795) (PMID:10859150) (PMID:11180034) (PMID:15592332) (PMID:16685052) 。例えば、グレープフルーツジュースからフラノクマリン類 (ベルガモチンやジヒドロキシベルガモチン) を除去したものでは、フェロジピン (グレープフルーツとの相互作用がよく知られているカルシウム拮抗薬) との相互作用は、認められないことが示されています (PMID:16685052) 。
薬物との相互作用に関与する成分がフラノクマリン類であることが明らかにされるのにともない、それら成分のグレープフルーツ中含量が測定されています (表1) 。フラノクマリン含量は、ピンクやルビー種よりも白色種の方が多く(PMID:9351897) (PMID:10872589) (PMID:16390207) 、またその含量は果皮>果肉>種の順になっていることが報告されています (PMID:16390207) 。フラノクマリン類が果皮に多く含まれていることから、フラノクマリンを含む果皮を使用したマーマレードなどでもその摂取量によっては相互作用が懸念されます (PMID:11103749) 。また、その影響は果汁だけではなく、果肉の摂取によっても起こるとの報告があります (PMID:12040751) 。フラノクマリン類は市販されているグレープフルーツオイルからも検出されています (PMID:9351897) 。ここで留意しなければならないのは、同一製品でもロット番号が異なればフラノクマリン類の含有量は異なり、相互作用にも違いが生じる可能性があることです (PMID:16390207) 。
フラノクマリン類はグレープフルーツ以外の柑橘類、例えば、ぶんたん (ポメロ) 、オロブランコ、ダイダイ (ビターオレンジ) にも含まれています (PMID:10859150) (PMID:11180034) (PMID:15258108) (PMID:16272808) 。一方、果物や柑橘類の中で、オレンジ、りんご、ぶどう、タンジェリンにはフラノクマリン類は検出されていません(PMID:9548795) (PMID:10859150) (PMID:10872589) (PMID:16272808) 。
表1 主な柑橘類の特徴とフラノクマリン類含量
名称 |
特徴 |
フラノクマリン類の含量 |
|
ベルガモチン |
ジヒドロキシベルガモチン |
||
[和名] |
外観は黄色で、直径は10~13 cm。果肉は白黄色で、ホワイト種と呼ばれている。 |
3.95 mg/果肉223.1g |
4.32 mg/果肉223.1 g |
外観はホワイト種よりもやや赤みがかっており、果肉は赤みを帯び、ルビー種と呼ばれている。ホワイト種よりもやや甘味が強い。 |
3.1μmol/L |
10.3μmol/L (PMID:16390207)
|
|
[和名] |
ぶんたんとマンダリンの交雑種である。酸味や苦味が強く甘味が弱いため、生食には不向きである。 |
5μmol/L |
36μmol/L |
[和名] |
グレープフルーツとぶんたんの交雑種である。果皮は緑色をしており、酸味が少なく、甘味が強い。 |
– |
– |
[和名] |
果皮は1~2 cmと厚く、果肉は苦味があり、果汁は少ない。 |
31.9μM |
29.5μM |
3.相互作用の機構
(1) 薬物の吸収・代謝・排泄と体内動態を示す指標
口から摂取した薬物は、主に小腸から門脈を介して吸収され、肝臓を通って各組織に分布します (図5参照) 。薬物は体にとって異物であり、代謝 (解毒) されて体外へ排出されます。薬物の代謝には肝臓が重要な役割を持っており、その代謝にはチトクロームP450 (CYPs) という酵素による第1相反応 (酸化、還元、加水分解) とそれに続く第2相反応 (グルクロン酸抱合、硫酸抱合、グルタチオン抱合など) があります。CYPsによる代謝は生体内での薬物代謝の律速段階であり、この代謝を受けると通常、薬物の薬理作用は失活します。CYPsとしては、CYP3A4、CYP2D6、CYP2C9、CYP2C19、CYP1A2など多くの分子種が存在しています。CYPsは人種、飲食物や嗜好品の影響を受け、発現には個人差があることも知られています。たとえばCYP2C19は遺伝多型性があり日本人では約20%が欠損しているとされている分子種、CYP1A2は喫煙などにより誘導される分子種です。また、CYP3A4はかなり多くの医薬品の代謝に関係しており、薬物相互作用を考える際に重要な分子種です。
CYPsの一つであるCYP3A4は肝臓では全CYPsの約30%ですが、消化管では全CYPsの70%を占めているとされています。そして代謝を受けやすい薬物では、消化管でCYP3A4による代謝を受け失活することが、その薬効に大きく影響します。実はこの消化管におけるCYP3A4による薬物代謝の段階がグレープフルーツとの相互作用に大きく関与しています (詳細は (2) を参照してください) 。
体内に取り込まれた薬物の量を示す指標として、AUC (血液中薬物濃度時間曲線下面積、area under the curve) やCmax (最高血中濃度、maximum drug concentration) 、Tmax (最高血中濃度到達時間、maximum drug concentration time) という言葉があります。AUCは一般に、薬物投与後の血液中濃度 (縦軸) と時間 (横軸) のグラフを作成したとき、時間的な薬物濃度の総和を表した部分の面積をさします。またCmaxは、薬物投与後の最高血中濃度、Tmax は最高血中濃度到達時間をそれぞれ指します (図6参照) 。グレープフルーツと薬物の相互作用の検討では、このような血液中の薬物濃度の変化を示す指標の測定が行われています。
(2) グレープフルーツ中の成分と薬物との相互作用の機構
グレープフルーツと薬物との相互作用は、1989年にカナダのBaileyらがエタノールの味をマスクする目的でグレープフルーツを利用した研究において偶然見いだされました (PMID:2612087) 。グレープフルーツによって相互作用を受ける薬物の特徴としては、ほとんどがCYP3A4の基質になっています。そしてグレープフルーツは、薬物の循環血液中からの除去速度には影響しない、また薬物を静脈内投与した条件では影響しないという理由から、相互作用を起こす部位は消化管と考えられています (PMID:7628179) (PMID:7768070) (PMID:9174684) 。
グレープフルーツの影響はCYP3A4で代謝を受ける薬物で認められ、その作用機序は次のように考えられています。
代謝を受けやすい薬物は、本来ならば小腸上皮細胞に存在する薬物代謝酵素CYP3A4によってある程度代謝を受け不活性化されるため、循環血液中に入る薬物量が少なくなります。しかし、グレープフルーツ中のフラノクマリン類がCYP3A4を阻害すると (PMID:9153299) (PMID:9723817) 、薬物が不活性化されないため、循環血液中に入る薬物量は多くなり、その結果として体内濃度の指標となるAUCやCmaxが大幅に増加し (PMID:7715295) (PMID:7768070) (PMID:11103749) (PMID:11180034) (PMID:15592332) 、結果として薬物が効きすぎてしまう状況になります。グレープフルーツジュース200 mL 程度の摂取でもカルシウム拮抗薬 (フェロジピン、ニソルジピン) の効果が増強されるとの報告があります (PMID:10741622) (PMID:10945313) (PMID:1671113) 。また、グレープフルーツの薬物に対する相互作用は長く持続し (PMID:9723817) (PMID:10606837) (PMID:10741622) 、長いものでは3~7日間持続するとの報告もあります (PMID:11061578) 。そのため薬物への相互作用を避けるためには、グレープフルーツの摂取を2、3日控えた方がよいとの考え方も示されています (PMID:10606837) 。
その他の相互作用の機序として、小腸上皮細胞の薬物輸送タンパク質 (P糖タンパク質、薬物を消化管上皮細胞から管腔側へ排泄) の阻害も考えられています。しかし、最近行われたヒト試験において、P糖タンパク質を介した相互作用の機序については、否定的な結果が出されています (PMID:10227700) (PMID:11673746) (PMID:15903127) 。グレープフルーツのP糖タンパクを介した機構については現時点では明確でなく今後のさらなる検証が望まれます。
(3) グレープフルーツジュースと相互作用を起こす薬物の実例
グレープフルーツとの相互作用が問題となる薬物の特徴として、次の3点が挙げられます。
a) 治療域 (初めて効果が出る量から中毒症状が出る直前の量の範囲) が狭い
b) 薬物代謝酵素のCYP3A4で代謝される
c) 生体内において代謝を受けやすい
グレープフルーツにより相互作用を受ける主な薬物を表2にまとめました。グレープフルーツの影響は、平常時の薬物代謝能力の高い人ほど大きいと考えられます。
表2 グレープフルーツにより相互作用を受ける主な薬物
薬物名 |
相互作用の影響 |
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血中薬物濃度への影響 |
薬効への影響 |
||
カルシウム拮抗剤 |
フェロジピン |
AUCとCmaxが上昇 (PMID:10945313) |
高齢者で収縮期血圧、拡張期血圧が低下、心拍数がわずかに上昇 (PMID:10945313) |
ニソルジピン |
AUCとCmaxが上昇 (PMID:10741622) |
収縮期血圧、拡張期血圧が低下、頭痛 (PMID:10741622) |
|
ニフェジピン |
AUCとCmaxが上昇 (PMID:12040751) |
報告なし |
|
HMGCoA還元酵素阻害薬 |
アトルバスタチン |
AUCが上昇 (PMID:15025743) |
報告なし
|
抗不安剤 |
トリアゾラム |
AUCとCmaxが上昇 (PMID:11009051) |
報告なし |
免疫抑制剤 |
シクロスポリン |
AUCとCmaxが上昇 (PMID:16513449) |
報告なし |
抗アレルギー剤 |
テルフェナジン |
死亡直後の濃度が著しく高かった。 |
気分が悪くなり、その日に死亡 (PMID:9129556) |
(詳細については、5.詳細データを参照)
4.薬物とグレープフルーツの相互作用の解釈について
これまでの多くの研究結果から、CYP3A4で代謝を受ける薬物とグレープフルーツが相互作用を起こすことは明らかです。これは主に血液中の薬物動態に対する影響を検討した研究から示されています。ここで注目すべき事は、もともとCYP3A4による薬物の代謝能にはかなり個人差があり (PMID:10668858) 、またグレープフルーツの影響にもかなり個人差があることです (PMID:10223776) (PMID:16685052) 。すなわち、血液中の薬物濃度の変化で評価したとき、グレープフルーツと薬物との相互作用がほとんど認められない人もいれば、かなり影響が出る人もいるということです。抗アレルギー剤のテルフェナジン (副作用が強いため1997年販売中止) のような重篤な副作用を起こす薬物では、相互作用により死亡した事例もありますが、概して、これまで報告されている相互作用の検討結果は血液中の薬物濃度の変化を検討したものがほとんどで、薬効 (例えば、血圧の低下作用) に対してまで著しい影響が出たという研究報告はあまり多くありません。
以上のことから一概に「お薬と一緒にグレープフルーツを摂取することは厳禁」と単純に判断するのではなく、個人差の影響、相互作用を危惧する薬物の副作用の症状と程度、高齢者など影響を受けやすい対象者など、個別の状況を考慮して柔軟に対応することも可能と考えられます。なお、グレープフルーツの小腸における代謝阻害作用を利用すれば、高価なシクロスポリン (免疫抑制剤) の投薬量を減少させることができるとの考え方もあります (PMID:7715295) (PMID:8859044) 。しかし、グレープフルーツのCYP3A4阻害効果には大きな個人差があるだけでなく、グレープフルーツ中のフラノクマリン類の存在量も一定していないことから、投薬量を減少させる目的で安易にグレープフルーツを摂取することは避けるべきとの考え方もあります (101) 。いずれにしても、安全性が最も重要であることを踏まえ、グレープフルーツとの相互作用が懸念される薬物を飲んでいる方は、基本として専門家と相談し、自分の健康をよく観察しながら対応していくことが適切な対応であると思われます。
5.詳細な情報
グレープフルーツと薬物の相互作用を検討した論文について、薬物の種類、試料としたグレープフルーツの詳細、被検者、実験方法、結果で分類しました。この詳細な情報の表はこちら(PDF)です。